Taejunomics

            政治、経済、社会、哲学、芸術、文学、スポーツ、マイクロファイナンス、教育などなど、徒然なるままに書き綴ります。 ※お初の方はカテゴリー欄の「Taejunomicsについて」、をご覧ください。
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一年間の走り方2:目標の立て方。
 第二段。

 
 人間の性質の中には、以下の様なものがあると思います。
 ・目標が見えていれば頑張れる
 ・何かを達成することに喜びを感じる
 
 後者の達成の喜びについては説明の必要もなさそうなので、前者についてだけ。

 いきなり、逆らうことが出来ない人に、「走れ」といわれたとします。 その時、
 A)「俺がもう良いって言うまでは死ぬまで走れ」
 B)「あそこのでっかい山の頂上まで走れ」

 といわれたのでは、全然感覚が違う事でしょう。 A)の場合は、相当な苦痛が伴うはずです。 色々な理由がありそうですが、人間、先が見えていない状況ほど不安なことはないというのは、一つの理由なのだと思います。


 なので、それらをうまく考えて目標を立てる必要がありそうです。

 そうすると、立てるべき目標は、以下のようなものでしょう:
 

 ・長期的なスパンに立って考えること
 ・具体的であること
 ・基本となる目標はそらで覚えられるくらいの数にしぼること
 ・多少困難を伴うが可能な目標を立てること

 
 上の三つは、目標を本当の意味で「見える」ようにするために大切なことで、最後の一つは、達成可能性と言う意味で重要だと思います。



・長期的なスパンに立って考えること

 「今年は」と話して、一年だけのスパンで物事を考えてもうまくいかない場合が多いと思います。 重要なことは、長期的な視点の中で、一年をとらえて、目標を設定することにあると思います。
 僕には、自分の死後の世の中のあり方についての理想も、生きている間の目標もあります。 そして、そのためにある程度の中期的な予定も立てています。 去年、10年毎の目標を立てました。
 
 ずっと先がすでに見えていて、その上で、今年の一年をどうやってすごすのか、という事を考えるべきなのでしょうね。


 
・具体的であること

 一年の目標について、何らかの形で表現できるものにすることが重要だと思います。 「本を○○冊読む」とか、「○○を作る」とか。
 あまり良くない例は、「本をいっぱい読む」とかでしょうか。 これだと、目標が漠然としすぎていて、見えなくなってしまうからです。

 

・基本となる目標はそらで覚えられるくらいの数にしぼること

 これが、去年痛感したこと。
 僕は、目標を多く立てました。 ですが、それを全て覚えることが出来なかったのです。 それゆえに、色々な問題が生じました。
 人間が常に覚えていられることはそうそう多くないのですよね。 だったら、全ての内容を包括するような覚えられる目標にするべきです。
 例えば、僕の今年の目標の一つは、DAGGIOTARDです。 これは、目標を略語にしたものです。

 
 

・多少困難を伴うが可能な目標を立てること

 人間、高望みをしたがります。 予定を立てているときは、それを全部かなえられるものと踏んで、色々な予定を立ててしまいます。 全部着こなせると考えて、バーゲンで服をガンガン買ってしまうことに近いものがあるかもしれません(違うかな。。)

 達成の喜びは、多少の困難を伴わないと訪れないし、困難は大きければ大きいほど喜びも大きく成ると思います。 ですが、困難な目標であればあるほど、達成するために相当な努力を要するという事を、あらかじめ考えておく必要があると思います。

 そして、もちろん、その目標は、達成可能なものでないといけない。



 というわけで、次は、予定の立て方について、考えていきます。
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