Taejunomics

            政治、経済、社会、哲学、芸術、文学、スポーツ、マイクロファイナンス、教育などなど、徒然なるままに書き綴ります。 ※お初の方はカテゴリー欄の「Taejunomicsについて」、をご覧ください。
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仕事と生活のバランス。
 かなり主観の入っているだろうし、うまく言語化できていない化も知れませんが、書いてみます。


 Work-Life Balanceという言葉があります。 最近、日本でも取り入れられてきているものなのですが、ウィキペディアによると、その端的なアイディアは次の文で表せるようです:

 生きるために働こう、働くために生きるのではなく。

 A sentence that brings the idea of work life balance to the point is: "Work to live. Don't live to work."


 これは全く個人的な価値観の問題だし、そもそも僕はWork Life Balanceについて大して詳しいわけでもありません。 けど、僕には上の事に微妙な違和感を感じています。 以下、ワークライフバランスをWLBと略して書いていきます。


1.WLBの背景(らしきもの)
2.違和感のもと
3.仕事と生活のバランスの軸

1.WLBの背景(らしきもの)

 この考え方の背景を考えてみます。

 直接的には、仕事に打ち込みすぎてめちゃくちゃになった家族が一種の社会問題となったことが、WLBの背景にはあるのでしょう。

 ただ、それだけではない気がします。 欧米、特にアメリカでは、中年までに大きな富を得、リタイアして悠々自適の生活を送るのが一つの理想形とされているようです。 おそらく、WLBの議論も、内容こそ違えど、この精神につながるものがあるのではないかと思います。 家族と共に、趣味などを楽しむのが生活の喜びで、仕事に多くを費すことはそれを削ってしまうものなのだと考える人は、経験的に、結構多いと思います。

 


2.違和感の理由

 もちろん、家族と共に過ごす時間を大切にすることはとても重要でしょう。 仕事に追われるあまり、家族の事をないがしろにすることは良くない。 

 ただ、僕がWLBについて感じている違和感は、そのバランスについて考える際に使われている価値判断基準にあるように思えます。 現状のWLBにおいては、仕事について、「生きるための手段」と(としか)とらえているように感じられます。 

 もし、仕事を生きるための手段と考えていると、その人は人生について、ものすごい損している気がします。 なぜか。 そういう人は、仕事から喜びを感じにくいだろうし、早期リタイアするにせよ、それまでの間に、膨大な時間を喜びを感じにくいものにつぎ込むことになるだろうからです。 早期リタイアをせずに9時5時で仕事を続けるとしても、毎日8時間も、そんな時間に費やしているわけです。
 
 たった一度しかない人生なのに、無駄になりそうな時間がすでに確定的に与えられてしまうような人生のとらえ方って、もったいなくないでしょうか。 だったら、好きと思えてやりがいのある仕事をしたほうが、はるかにいいのに。 それと同時に、仕事を好きになってやりがいを見出す努力もして。 


3.仕事と生活のバランスの軸

 僕は、何かを愛し、努力し創造していくことが人生における一番の喜びだし、もし生きる意味なんてものがあるとしたらそこらへんにあるのだと今は感じています。 これがWLBについて考える際の軸となるべきではないかと僕は思います。

 何かを愛すことも重要だし、何かを苦心惨憺しながら創造していくことも重要。 真のWork-Life Balance とは、そのような考え方に基づいて、仕事とその他の時間の割り振りについて考える事を意味すべきなのじゃないかな、と僕は思うのです。

 せっかく一度しかない人生なのだから、全ての生きている時間を、主観的であれ後になって言えるものであれ、素晴らしいものにしたいものですよね。


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