Taejunomics

            政治、経済、社会、哲学、芸術、文学、スポーツ、マイクロファイナンス、教育などなど、徒然なるままに書き綴ります。 ※お初の方はカテゴリー欄の「Taejunomicsについて」、をご覧ください。
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人ノート10:坂本龍馬。
 久しぶりの人ノート、今回は、坂本龍馬です。

 僕は龍馬が好きなので、このノートを書くために色んな文献に当たっていました。 ですが、彼については史実の中に人々のイメージが織り交じってしまっていて、どこまでが本当なのか良く分かりませんでした。 もちろん、もっと深く追求すれば正確な史実に行き当たることは出来たのでしょうが、僕は文献学者でもないし、この人ノートの主な目的の一つは、自分の中に尊敬する人のイメージを焼き付けて、自分のために活かすことにある事にあるので途中でやめにしました。 


 1.はじめに
 2.龍馬の思考方法
 3.人間的魅力
 4.終りに



1.はじめに

 肝胆もとより雄大なり、奇機自ら湧き出す
 飛潜誰か識るやあらん ひとえに龍名に恥じず 

 
 と、20代前半の坂本龍馬を評したのは、彼の親友であった武市半平太でした。 当時剣術以外には特に取り得がないように考えられていた龍馬を、ここまで評したその眼力は、さすがと言うべきでしょうか。 藩の後ろ楯を持たずして彼がやった事業を思うと、人間が33年の生涯でここまでの事を出来るのかと、感嘆せずにはいられません。 以下のことは、どれ一つとっても、歴史に名を残せる事柄でした:

 ・薩長同盟
 ・大政奉還
 ・株式会社の設立
 ・開国攘夷倒幕という思想の発案
 
 政治的にも、経済的にも、思想的にも、彼は当時の最先端を駆け抜けていきました。 そんな彼から学ぶべきと思ったところを、このノートではまとめて行きます。
 


2.龍馬の思考方法
 
 この人には、既成観念というものが一切なかったようです。 周りの人が考えられないような事、考えていても出来ないと考える事を、どんどん実現に移していった龍馬でした。 そんな自由な思考をし、行動に移すことが出来た理由として:

 ・本質を見る目
 ・現実主義者であること
 ・将来を具体的に見渡せること
 
 があると僕は考えます。


 ・本質を見る目
 彼は、人であれ、思想であれそれが良いと思えば何でも取り入れました。 斬りに行ったはずの勝海舟の話を聞くや否やその弟子になり、当時人々が忌み嫌っていた洋学を聞いてみて感動しそれを学んだ数少ない志士でした。 このような柔軟な考えを出来た一つの理由は、彼が驚くほど本質をつかむことがうまかったことにあるのだと僕は考えます。 本質を知っている人ほど、その看板にはこだわらないものなのですよね。 龍馬の学問のほとんどが耳学問だったことも、彼の本質を掴む能力を磨いたのかもしれません。
 本質をつかんでいるからこそ、龍馬は、たとえ話が上手でした。 当時の大名、松平春嶽を初め、多くの人がそのたとえ話に笑い転げたそうです。

 

 ・現実主義者であること
 彼は徹頭徹尾現実主義者でした。 それを周囲の人間が可能と思うかどうかはさておき、龍馬は自分が可能と合理的に思えるもの意外は実行しようとしませんでした。 武市半平太が土佐藩を挙げて勤王色に染めようと考えたときも、龍馬はそれを長期的には実現不可能なものと考え武市半平太と袂を分かちました。
 また、彼は実利主義者でした。 人間は理念によってのみならず、利益によって動くということも良く見ていました。 だからこそ、犬猿の仲であった薩長同盟を実現するため、両者の間の商取引をもって始めたのでした。
 少なくない人が感情や忠誠心で動いていた江戸時代末期において、この考え方が出来ることはものすごいことだったのだと思います。
 

 ・将来を具体的に見渡せること
 彼のビジョンを描く力の素晴らしさは、他に類を見ません。 維新の達成後の新政府の姿を、誰よりも明確に描き、その後の日本の姿まで思い描いていたのが龍馬でした。 大政奉還を思いついたのも、この先を見通す能力の賜物なのでしょう。
 周りの人が非現実的だと思っていたことも、彼には見えていたのでしょうね。





3.人間的魅力
 
 上で書いたように、彼の思考の素晴らしさには瞠目すべきものがあります。 ですが僕は、龍馬が大きな仕事を成し遂げることが出来た大きな理由は、その人間的魅力にあるのだと思います。 一介の浪人が大事業を出来たのも、その魅力に惹かれた人々が彼を援けたからなのですよね。 人々が今も龍馬を慕っているのも、その人間的魅力に多くを負っているのでしょう。 

 彼の魅力の源には、いくつかがありそうです。
 ・志の大きさ
 ・独立不羈の精神
 ・能力をひけらかさない
 ・人間に分け隔てなく接する
 ・覚悟
 ・愛嬌


 ・志の大きさ
 大政奉還がなった後の、新政府の重役の名簿を西郷隆盛が読んでいました。 そこに龍馬の名前が無く、その事を尋ねられたとき、「さようさ、世界の海援隊でもやらんかな」と彼が答えたのは、有名な逸話です。
 龍馬の生涯を見ながら思うのですが、人間の志の偉大さの指標は、描く将来の遠さ、大きさ、明確さにあるのではないでしょうか。 遠い先がしっかりと見えているからこそ、移ろいやすい現在に対しても泰然自若としていることが出来るのでしょうし、その道筋を明確に定めて一歩一歩歩くことが出来るのだと思います。
 大きすぎる志をもつ人は常に孤独だと僕は思います。 龍馬の考えを完全に理解していた人はほとんどいなかったのではないでしょうか。 多くの人にとって、龍馬は、何を考えているか読めない人間に移ったと僕は思います。 だけど、そういう懐の深さは、何にも代えがたい人間の魅力になるのですよね。


 ・独立不羈の精神
 彼は人を頼ることはあっても、人に依存しませんでした。 当時のほとんどの人たちが自分達の活動の母体としていた藩からも抜け出した龍馬でした。 彼は、「俸禄などは鳥に与えるえさの様なものだ」と喝破しました。 「自然は人と食物を作った。 米の飯はどこに行ってもついてまわる。 だから俸禄などは適わねば破れる草鞋のように扱うべきだ。 (現代訳)」と話していた彼でした。 
 

 ・能力をひけらかさない
 彼の口癖は、「わしはべこのかあ(ばか者)じゃきに」だったそうです。 自分がものを良く分かっていても、決して才知をひけらかそうとはしませんでした。 議論においても、剣道の試合においても、必要な場合以外は、相手に勝ちを譲ることが出来た人間でした。 当時日本三大流派だった北辰一刀流免許皆伝の腕前を持ちながら、最後まで人を斬ることがありませんでした。
 そうなんですよね。 人間は長期的にはその人以上にもそれ以下にも評価されないのですし、何かの争いで相手を打ちのめす必要があることなんて、人生でそうそう多くは無いのですよね。 打ちのめされた人は恨みを抱くだけの場合がほとんどなのですから。 僕は本当に自戒しないといけません。


 ・人間に分け隔てなく接する
 また、龍馬は、誰にでも分け隔てなく接しました。 相手が脱藩浪人であれ、大名であれ、その人の肩書きによって差別することは決してありませんでした。 これは、自らも郷士と言う土佐藩においては差別の対象であったことと、西洋の民主主義的な考え方にも影響されての事かもしれませんが、それ以上に、彼が純粋に人間と言う生き物を好きだということからきているように感じられます。


 ・覚悟
 人間が世に生きるは事をなすためにある、と龍馬は常に語っていました。 彼は、生きるも死ぬのもものの一表現にすぎないのだから常に雄大であるべき考えていました。 そういう死生観が彼の死を招く一つの原因になったわけですが、同時に彼の魅力を増していたことも確かなようです。


 ・愛嬌
 これは、もうこれ以上言いようがありません。 武市半平太の家の塀にいつも小便をし続けていたことや、破れるまで同じ着物をつけていたこと、草鞋をとっかえひっかえ履いていて、右足に女物の履物、左足に草履を履いていたりしていたこと、ご飯をぽろぽろとこぼすこと、などなど、愛嬌としかいえないようなことが多すぎます。 




 4.終りに
 
 坂本龍馬の生涯って、楽しそうですよね。 その生涯を追っているだけでもワクワクするのですから、本人はその33年を、特に最後の10年を、ものすごく楽しく過ごしていたのにあい違いありません。
 彼は、「国を開くの道は、戦いをするものは戦い、修行するものは修行し、商法は商法で銘々省みずやらねばならぬ」と説きました。 人間、自分の好きな方法で世の中を変えていくべきだと彼は考えていたようです。 一度しかない人生で、自分が好きな事を通じて世の中を変えていくことはものすごく楽しそうですし、そういう考えをする人の夢は、成就する可能性が高いと思います。

 龍馬が何よりも愛したものは海であり船でした。 若い頃、龍馬が皆の前で、自分は軍艦を手に入れて、世の中をひっくり返すといった時、皆が失笑して、「龍馬の法螺船」という言葉まで流行ったそうです。 
 ですが、彼は、それを手に入れました。 そして、維新の多くをその身に引き受けたのです。 可能なことの限界をはかることなんて、誰にも出来ないのだから、周りからなんと言われようと、自分が本当に出来るしそれが世のためになるのだと考えているのなら、それを追い求めるべきなのだと思います。 もし、皆さんが絶対にやろうと思っていることがあって、それを周囲の人から馬鹿にされているのなら、坂本龍馬の言葉をひそかに胸に刻みつけてはいかがでしょうか。


Sakamoto_Ryoma.jpg

 世の中の人は何とも言わば言え、我がなすことは我のみぞ知る

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2007/03/25(日) 09:38:50 | | #[ 編集]
こんばんは。
いつも拝見していますが、コメントを書くのは久々です。さて、坂本龍馬ですが、僕もずっと好きで「世の中の人は何とも言わば言え、我がなすことは我のみぞ知る」という言葉と尾崎豊の歌があったからこそ僕は思春期の憂鬱さを乗り切ることができたし、今も日々、闘かうことができています。実は僕がこのblogに出会えたのも、この龍馬の歌で検索したところヒットしたためです。言わば龍馬が引き合わせてくれたのですが、以来このblogのファンになりました。taejunさんのように頑張っている人を見ていると自分もと刺激になります。では、また、たまにコメントしますのでお体に気をつけて。
おもしろき こともなき世を おもしろく
していきましょう。
2007/03/26(月) 00:09:54 | URL | シド #-[ 編集]
シドさん、どうも、お久しぶりです。 僕も尾崎好きです! 15の夜とか、いいですよね。

そういっていただけると、すごく元気が出ます。 これからも良いものを書けるように頑張るので、どうぞよろしくお願いします。

2007/03/27(火) 01:00:19 | URL | Taejun #-[ 編集]
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