Taejunomics

            政治、経済、社会、哲学、芸術、文学、スポーツ、マイクロファイナンス、教育などなど、徒然なるままに書き綴ります。 ※お初の方はカテゴリー欄の「Taejunomicsについて」、をご覧ください。
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ファイナンス理論からの10のメッセージ6:CAPM。
 思い出話の続きは次に書くとして、久々にファイナンスネタを。

 このブログ、大学院の先生方が見てらっしゃる事が最近わかり、ビビリ気味ですが(本当かよ)、今日は、資本資産価格理論について書きます。

 Excerpt:ハイリスク・ハイリターンは、必ずしも正しくないが、市場リスクとリターンについては、ハイリスク・ハイリターンが成立する。 資本資産価格理論(CAPM)は、人々が全体として市場ポートフォリオを保有するという前提の下、市場リスクこそが真のリスクであり、それに比例してリターンが決定すると考える。
 
 1.ハイリスク・ハイリターン?
 2.市場リスクこそが真のリスクだった
 3.世の中の事をCAPM的に考えてみよう



 1.ハイリスク・ハイリターン?

 前回は、人々は効率的ポートフォリオと安全資産しか保有しなくなる、経済学の均衡の論理からすると、その皆が保有するポートフォリオは市場ポートフォリオである、ということまで書いたと思います。 (ここらへんは理詰めで行くと相当な大問題なわけですが、興味がある人はコメントください。)
 
 この一連の記事で、ずっと「ある種のリスクについては、ハイリスク・ハイリターンが成立する」と書いて来ました。 それは、なぜかというと、ハイリスク・ハイリターンは、必ずしも正しくない、むしろ、そうでない場合が多いからなのです。

20070403015836.jpg

 
 図を見てください。 市場ポートフォリオを構成する資産の中には、たとえば、このAとBのように、標準偏差が異なっているにもかかわらず同じリターンをあげてくれるものが存在します。 

 ということは、今まで将来の収益のばらつきの尺度として利用してきた標準偏差は、リスクを完全にとらえきれていない、少なくとも、リターンと比例するようなリスクではないという事が分かってきます。

 じゃあ、本当のリスクって何なのでしょう?
 

 ・・・目次でばれているわけですが、じゃあ、何で市場リスクなのでしょうか?


 ヒント。 前回の二基金分離定理を思い出してみてください。 この定理が成立するとき、人々はどのような投資しか行わなくなるのかを。

 


 と、ちょっと考えてから、次に進みましょう。






 2.市場リスクこそが真のリスクだった

 前回において書いた通り、二基金分離定理が成立する状況においては、人々は全体として、市場ポートフォリオと安全資産だけを保有しようとします。

 そんな人にとって、リスクって、なんなのでしょう? 標準偏差ではないですよね。 だって、リスク分散のところで見てきたように、ポートフォリオを組んでいるわけですから、個別の株式の標準偏差は、ある程度までは分散できるからです。 市場ポートフォリオをもつ人にとっては、株式の個別のリスクは、それそのものでは大きな問題とはならないわけです。
 
 みんなにとって重要なのは、自分のポートフォリオがどうなるかにあるのです。 市場ポートフォリオしか保有しない人にとって、リスクは、自分が持っているポートフォリオの価値が変動してしまうことなのです(安全資産は価値変動をしないので)。 ということは、個別の株式などのリスクは、「その株式のリスクが、市場ポートフォリオにどのように影響を与えているか」という点からのみ判断されるでしょう。 

 例を考えてみます。 工場しかもっていない人にとって、イナゴの大発生は大したリスクになりません。 ですが、農場しかもっていない人にとって、イナゴの大発生はとてつもないリスクのわけです。 

 人々は、自分の投資対象を基準にしてリスクを判断しているわけですね。 先に二基金分離定理に基づき、人々が全体として市場ポートフォリオを保有するという事を書きました。 それが成立していると前提するのなら、全ての人々にとって、リスクとは、市場ポートフォリオに影響するリスク、すなわち、市場リスク以外にはありえないわけです。

 この、市場リスクを真のリスクととらえて、資産の価格を評価しようという理論が、CAPM,Capital Asset Pricing Model(資本資産価格モデル、キャップエムもしくはシーエーピーエムと発音)です。

 CAPMにおいては、市場リスクの指標としてベータ(β)という値を考えます。
 ある資産のβは、

(市場ポートフォリオの収益率とある資産の収益率の共分散)÷(市場ポートフォリオ収益率の分散)
 
 で、表されます。 ここで一番重要なのは共分散です。
 共分散は、ある資産が、他のある資産につられて動く度合いを表すので、ある資産と市場ポートフォリオの共分散が高いということは、その資産の収益が変動したとき、その変動が市場ポートフォリオに与える影響が大きい事を指しています。 
 この共分散を基準化するために、市場ポートフォリオの収益率の分散で割ったのが、βです。 基準化というのは、ある値を、その基準となる数字で割ることなどを指します。 例えば、100円の馬券が220円になるというとき、220円を馬券の値段で基準化すれば、2.2(倍)になるわけです。 


 標準偏差-期待収益率の平面状ではばらばらになっていた資産たちも、βという新しいリスクの尺度のもとでは、一直線に並ぶことになります。 見てください、この美しさを。

 20070403015853.jpg


 
 標準偏差はマイナスになりえませんが、ベータはマイナスになりえます。 ベータがマイナスになるとは、どういうことでしょう?
 それは、市場収益率とその資産の収益率が逆の方向に動いている、という事です。 その資産は市場と逆の動きをしている、という事になります。 逆の動きをすること、すなわち共分散がマイナスであることの重要性は、これまでにも書いてきたとおりです。 そのような資産は、全体としてのリスクを下げてくれる(市場が大変なときに収益を上げてくれる)ので、好まれるのです。 ベータがマイナスの資産というのは、市場収益率のリスクを下げてくれるので、たとえそのリターンが低くても、市場において存在する意義があると考えられているのですね。

 繰り返しになりますが、CAPMのポイントはこれです:
 市場ポートフォリオを保有するという前提において、リスクとは市場リスクであり、ある資産のリターンは市場リスクと比例関係になる。
 


 3.世の中の事をCAPM的に考えてみよう

 市場リスクは、どういうリスクかと言うと、天変地異だとか、大恐慌だとか、そういった、マーケット全体が大変なことになるようなリスク、分散投資をしても消すことの出来ないリスクのことです。 そのようなリスクと正の相関を持つようなものは、とてもリスキーだと、CAPMでは考えるわけです。

 CAPMの考え方は、本当のリスクは何かという問いについて、深い含蓄を教えてくれると僕は思います。

 たとえば、耐震構造に問題がある建物は、どんなに安くても(安い=リターンが高い)、ほとんどの人が購入しようとしません。 これは、地震(これも市場リスクです)が起きた時に、大打撃をうける可能性があるからですね。 逆に、耐震設計がしっかりしている建物であれば、かなりの高価(=リターンが低い)であっても、人々はそれを保有しようとします。 地震のない国ではここまで人は敏感に反応しないでしょう。 日本は地震国なので、人々は地震を組織的リスク・市場リスクとして認識しているから、こういった行動が起こるわけです。

 また、市場(世の中の動き)と同じような動きしかしないものは、同じ様なものであれば、価値が低いと解釈することだって出来ます。 最近人ノートで取り上げた坂本龍馬や、世の多くの改革者達は、マイナスのベータを持っていたのでしょうね。 同じ能力をもって、同じ質のものに取り組むのであれば、皆がやらないような事をやるほうが、はるかに価値が高いわけです。 それは、世の中全体のリスクを下げる(画一化にともなう暴走を防ぐ)ことにつながるからです。

 
 最後に、リスクとは何か、ということについて覚書を。

 市場リスクを本質的なリスクととらえた理由は、二基金分離定理の帰結として、人々が全体として市場ポートフォリオを保有する事から来ています。 

 みんながやるようなことほど、根本的なリスクに近い可能性が高いのです。 今この社会では、「猫も杓子も」的な行動が多いように僕は感じますが、そこに波を感じ、乗り遅れまいと焦るのではなく、そこに危うさを感じ、自分の考えを持ってじっくり踏みとどまり独立不羈の道を歩むこと、これこそ、ファイナンスを学ぶ人が、特にCAPMを知る人が生活においてとるべき態度ではないのかな、と僕は思ったりするのです。

 というわけで、CAPMはここまで。 次回をまた、お楽しみに。


 感想、質問大歓迎です^^!

 


Comment
≪この記事へのコメント≫
質問させてください
komatsunaと申します。はじめまして。
ファイナンス理論というのをはじめて見たのですが、とても親切な説明で思わず読んでしまいました。読んだ際、いくつか疑問を持ったので質問させてください。

> 標準偏差-期待収益率の平面状ではばらばらになっていた資産たちも、βという新しいリスクの尺度のもとでは、一直線に並ぶことになります。

という一文についてです。

1. β-期待収益率のプロットは、原理上どんな場合でも一直線にならぶのでしょうか。それとも特定の条件を満たす場合に一直線上にならぶのでしょうか。それともβ-期待収益率のプロットが一直線上にならぶ可能性があることを意味しているのでしょうか。

2. βで線形回帰することに意味があるのでしょうか。標準偏差-期待収益率でも線形回帰できる気がします。「標準偏差はある一定の正の値以上しかとらないのに対し、βが正負の値をとりうる」の他のメリットはあるのでしょうか。

以上2つの質問をさせていただきました。宜しくお願いします。
2007/04/07(土) 02:03:49 | URL | komatsuna #VWFaYlLU[ 編集]
Komatsunaさん、始めまして。
コメント有難うございます。 記事書くので、少々お待ちください。
2007/04/07(土) 08:24:38 | URL | Taejun #-[ 編集]
以前CAPMについて質問させていただいた者です。
大変やさしい説明ありがとうございます。
人々は市場ポートフォリオしか持たない、という前提の下、人々が持つリスクは市場ポートフォリオのリスクのみである、という事を知り、すっごく勉強になりました。

自分もCAPM理論に習って、世の中に流されないように生きたいです^^
2007/04/09(月) 00:24:09 | URL | honda #-[ 編集]
hondaさん、お久しぶりです。
そういっていただけると嬉しいです^^!

分散投資が可能な状況なので、個別資産のリスクのうち、分散可能なものは価格に影響を与えないのですよね。 そのかわり、市場リスクに対してはしっかりと価格がつけられているんです。

これからもよろしくお願いします。
2007/04/09(月) 21:52:35 | URL | Taejun #-[ 編集]
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