Taejunomics

            政治、経済、社会、哲学、芸術、文学、スポーツ、マイクロファイナンス、教育などなど、徒然なるままに書き綴ります。 ※お初の方はカテゴリー欄の「Taejunomicsについて」、をご覧ください。
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欠けた前歯の思い出:下
(第一話)
(第二話)



 そうして僕は、6年前の春、欠けた前歯とともに、言いようのないけだるさを感じていた。




 自分の内にしっかりと収まって離れないものだと思っていた確信が、いつの間にかすり抜けてしまったような感じ。 僕は、何のために1年間を、このことに費やしてきたのだろう。 結局、彼は僕の言うことなぞ何も意に介せずに、自分のやりたいように生活して、学校を辞めていった。 前歯が欠けた僕が残った。
 
 それからと言うもの、僕は、ある夢を見るようになった。 もう、何回見たか分からない。

 歯が折れる夢だ。
 色々なバリエーションがあるのだけれど、結論は同じ。 僕の歯が折れる。 そして、僕はどうしようもなくただ呆然と立ち尽くしている。

 人間、色々な理由で夢を見るという。 その一つは、「その夢を見ることによって、精神の危機状況に備えること」なのだそうだ。 テストが不安でしょうがない人は、テストの夢を見ることによって、予行演習をして気持ちを落ち着けることが出来る。 僕の場合、「歯が折れる」と言うことは、その人を信じて行った何かしらの誠意を踏みにじられることなのだろう。 


 同じ一年が繰り返された。 特に何も変わった事は無かった。 いつもの、少なくない孤独な日々のルーティンワークとの闘いだった。 一つだけ、変わったことというと、僕が他人に、自分の心の危険を顧みずに踏み込む事をやめたことだけかもしれない。 相変わらずの誠意を尽くしたが、それは、臆病な誠意とでも言うべきものだった。 誠意をむげにされても、屈託の無い笑顔を作れるような誠意。 本気で準備したプレゼントを受け取ってもらえない事を知るや否や、「ああ、これは冗談だよ」とすぐに手を引っ込められるような、逃げ場を残した誠意。


 それでも、少ないながらも希望は持っていた。 これだけ黙々と一つ事をやっている人間を見ていれば、誰か一人くらい、その行いについてくるだろうと。 それは、僕が高校サッカーをしていたときにも、高校の生徒会長をしていたのときにも経験したことだった。 毎日必死に黙々と練習している僕を見て、僕を馬鹿にしていた部の仲間もついには認めてくれた。 黙々と自分の信じる事を行う僕を見て、多くの、決して生徒会とは関わりが無かった友人達が頭と力を貸してくれた。
 僕は、もともと人を説得することが得意じゃない。 いや、これは正確ではないかもしれない。 口で行う説得に、いまひとつ信頼を置けていないのだ。 人間、その行いを、他人の言葉によって変えるものだろうか。 確かにそういった場合はあるかもしれない。 だけど、他者を心から奮い起こすものは、多くの場合人間の行為だと思う。 言葉で人が動かされるときにだって、行為の積み重ねを前提としてこそ、言葉は重みを持ち、それによって人が動くのだと思う。 寮で生活しているのだから、皆が僕を見ているわけなので、誰か何か感じて動くだろうと、僕は心ひそかに思っていた。 

 けれど、思ったとおりには、ならなかった。 
 一年が、また過ぎた。
 

 3年目の頃、あることがきっかけで、多くの人たちが、規則正しい生活を行うようになった。 雨後の筍というか、リーダー格の人が数人いて、それらを仕切っていった。 その中に、僕はいなかった。 「周りの調子がいい時のリーダーには、誰だってなれる。」 父が小学生の僕に聞かせた話が思い出された。
 僕は、僕自身のためにこんな事をしていたわけでなく、自分の信条と、皆がよりよい生活を送るように、との心持から、いつもルールが守られるように苦心惨憺していたのだから、この事は喜ぶべきことのはずだった。 そう、理性では分かっていても、やっぱり、心のどこかでは呆れかえっている部分があった事には、間違いない。 「他人のために」という錦の旗の下の個人英雄主義が、僕の行動原理だったのかもしれない。 


 ただ、現実に起こったことで、僕が実感していたことといえば、僕の内面がこのあたりから、たぶん他の要因もあったのだろうけれど、ものすごいゆがみを見せ始めたといこと。 同級生の行動をとても冷笑的な目で見るようになった。 備品を自分のものにしてこっぴどく叱られた。 摂食障害。 兎にも角にも、嘘が増えた。 
 なのに、よそ行きの姿や表情はいつものままだった。 自分が誰よりも、いや、自分だけが知っているかもしれない矛盾と、それに対する自己嫌悪に耐えられなくなっていた。 僕が等身大の今の自分をちゃんと見つめられるようになって、これらが無くなるまでに、相当の時間が必要だった。 もちろん、この立ち直りは僕一人でなったわけではなくて、僕の事情を知らないまでも、思いやりをくれた多くの人々の援けに多くをよっている。

 それでも、ずっと歯が折れる夢は見続けた。


 でも、夢は今や思い出となった。 僕はもうその夢を見ないからだ。


 つい最近、神戸で大学の同級生の結婚式があった。 僕は 、ほかの用事がかぶっていたので式には参加できなかったのだけど、せめて二次会はと、神戸へ向かった。 折悪くも片頭痛がかぶって体調は最悪だった。 人気者の新郎新婦の結婚式だったので、二次会にも100人くらいが来ていて会場はごった返していた。

 そこに、彼がいた。 数年越しの邂逅。 彼は僕を呼びとめる。 どういう風に話せばいいのかぼやぼやしている僕に彼は、

 「まあとりあえず飲んどけ。」
 
 僕は、ピッチャーに入っていたビールをイッキ。 

 そして、僕が飲み終える頃、彼は周りのみんなにこういった。


 「俺は一年の頃、こいつに一番お世話になってん。 ほんまにありがとな。」

 
 
 このとき、何年間もかけて折り重なっていったわだかまりが、ガラガラと崩れていく感じがした。 そうか、僕が望んでいたのは、これだけだったんだ。 相変わらず片頭痛は自己主張を続け、痛みをましていったけれど、心はこの上なく落ち着いていた。
 
 
 誰かが言っていた。 真剣に行おうとする人間は悩むし、暗い衝動に駆られることともある。 だが、それも須臾の間にすぎない、と。 あれは、本当なのかもしれない。

 誠意は、すぐには通じない時がある。 未熟な人間同士の間なのだから、行き違いもあるだろうし、煙たがられるときもある。 相性だってある。 もしかしたら、一生かかっても通じないことだってあるかもしれない。 だけど、多くの場合、そういった誠意は最後には通じるものだし、その時にその人が得られる喜びには、計り知れないものがある。 もちろん、その誠意は、できる限り、無償の誠意でないといけない。 そういえば、断食の最中にガンジーも同じことを言っていたっけ。

 信じているものが打ち崩されるとき、人間は自棄に陥り暗い衝動に駆られることがある。 人間は弱いから、躓いた拍子に本来の道からそれることもある。 だけど、理想を高く持ち、人の声に耳を傾けることを知り、自分を良くしていこうとする気持ちが残っているのなら、最後には元に戻れるものだ。 その立ち戻りは、自分の力だけでなく、多くの人の支えによってなることを忘れてはいけない。 また、物事がうまくいっている時であれ、移ろいやすい自分の弱さを忘れずに、それを戒めるための努力をする必要がある。

 全力で何かに取り組む人生において、もたらされる結果は両極端になる。 とても満足のいく場合か、全くそうでない場合の二種類。 僕は、これまでの人生の、少なくとも後半部分では、どんなことにだって、常に一生懸命に取り組んできた。 その分、痛い思い出もいっぱいしたし、思い悩むことも少なくなかったけれど、他には代えられない大きな喜びもいっぱい得ることができた。 まったくの主観だけれど、そういう人生を送ることは幸せなのだと思う。

 
 人を信じるということは、一生を通じての僕のテーマなのだと思う。 これは、本当に簡単なことではない。 最近も、その人のために良かれと思って行ったことが、罵られることになることがあった。
 だけど、人を信じることは素晴らしいことだ。 青臭いかもしれないけれど、その気持ちを忘れないでいたい。



 (作り話みたいですが、実話です。 僕の多くの同級生(このブログを読んでいる彼も含めて)が証人です。 もちろん、僕の視点から書かれているので、多少のずれはあり得ますが。)


Comment
≪この記事へのコメント≫
人を信じる事は大切ですね。
更に自分を信じる事も大切ですね。
2007/05/05(土) 14:54:29 | URL | LEE #-[ 編集]
そうだね。
2007/05/08(火) 01:49:57 | URL | Taejun #-[ 編集]
久しぶりに泣きました。
2012/09/06(木) 04:43:05 | URL | sangsoo #-[ 編集]
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