Taejunomics

            政治、経済、社会、哲学、芸術、文学、スポーツ、マイクロファイナンス、教育などなど、徒然なるままに書き綴ります。 ※お初の方はカテゴリー欄の「Taejunomicsについて」、をご覧ください。
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マイクロファイナンスと尊徳の五常講。

 川本裕子先生の授業で、マイクロファイナンスが取り扱われ、その画期的な点がいろいろとお話しされていたのですが、実は、その多くを日本では200年くらい前にやっていたんですよね。
 と、授業中に話したところ、「じゃあ調べてきてよ」と言われたので、^^;、そのためのエントリーです。 

その金融システムの名前は、五常講。 二宮尊徳が始めたものです。 

 1.五常講の意味
 2.仕組み
 3.成果
 4.グラミン銀行との共通点
 5.インプリケーション

 ※このエントリーは以前書いた、二宮金次郎の人ノートの続編的な意味合いを持っているので、読んでいない方は、まずこちらをお読みください。



1.五常講の意味

 五常は、仁、義、礼、智、信を指します。 それぞれ、孔子が人々に説いたものです。 二宮尊徳は、道徳力と自立心を改革の基礎としましたが、それは、金融システムを構築するにおいても同じでした。 貸す者と借りる者との間における、五常の成立をその事業の根源的な原理としたのです。
 


2.仕組み
 
 僕が調べたところをまとめると、次のようなもののようです:

 ・背景と対象
 最初は、破綻に陥っていた、尊徳の奉公先である服部家の負債を解決するために考えられたものです。 お金を借り入れ、服部家の高利付負債をまず完済し、その後同家の財政を再建させることにより、すべての借金を返済したのでした。
 その返済額を元にして、尊徳が復興を手掛けた農村でさらに広く融資が行われることになりました。 

 ・財源
 精神的なレベルで言うと、最初は、尊徳が自家の再興のために積み立て始めた1両からはじまっているようです。 ただ、実際に五常講というものが始まったのは尊徳が服部家の財政再建にあたったときなので、その時に用立てた300両を元と考えるのがよいのかもしれません。
 財源となるお金は、報徳金と呼ばれました。 寄付や、お金を借りた人から利子代りに払われる冥加米は、どんどんこの報徳金に組み込まれていきました。 無配当でどんどん収益を投資に回す「改革事業ファンド」をイメージしてみてください。


 ・融資
人々の投票により融資の決定が行われ、その投票をした人、もしくは近隣で組織された組合員が連帯保証人となりました。 尊徳の指導に従うという条件によっても、融資がされていたようです。
 最低融資額がどの程度だったのかについて資料を見つけることができませんでしたが、ある村で尊徳が融資を行った時には上限額が3両だったという記録があり、そこから、かなり少額の融資も行っていたと考えることができます。
融資は、無利子・無担保でした。 ただし、完済が可能となったときには謝礼として冥加米を支払う決まりになっていたので、実質的には利子が付いていたと考えることができます。



3.成果

 この五常講は、インフレ率を調整しないのなら、年間10%くらいの利回りで運用されていたと考えられます:

 ある記録では、棹ヶ島の復興を尊徳が手掛けたとき、神社の木を売り払って得た18両が報徳金(=元手)となり、その後30年で報徳金は217両となり神社も復興されたといいます。
 
 ということは、
 
 18×(1+r)^30=217+18(神社復興代) 

 なので、 

 r(利回り)≒8.94% 
 
 となります。 これが冥加米のみによる利回りと考えられます。

 
 また、
 服部家復興当初(1818年)に300両だった報徳金が、 
彼が日光復興に着手した時(1853年)には1万両(寄付など含む)となっていたことから、その利回りを計算すると 

 300×(1+r)^35=10,000
 
 r≒12.40% となります。

 尊徳が報徳金を着服したという話は、当然ながら一切聞きません。
 貸し倒れも相当あったという記載はされていますが、全体で言うと、年間10%程度の利回りで運用が成功していたと考えることができます。

 年間10%って、すごいですよね。 

 ※インフレ率を加味していません。 誰か1818年から1853年までのインフレ率をご存知でしたら教えてください。
 
 このようにして成功をおさめた五常講は、のちの日本での信用組合の母体となりました。 信用組合が初めて生まれたのはドイツと言われていますが、五常講はそれよりも40年ほど早く始まっていたのでした。



 4.グラミン銀行との共通点
 
 第一に、貧困層への小口融資の窓口を開いていた点。
 尊徳は、どんな小口の融資であっても、借り入れる人間が返済できるという保証があれば、資金を提供しました。 ただしこの融資は、基本的に、彼が復興に着手した農村においてのみ行われたと思われますが(資料はありませんがそう想像できる)。

 
 第二に、特に、最も重要な点なのですが、金融を通じて、人々の中に自立心と独立不羈の精神を育んだこと。
 マイクロファイナンスにおいては、「借り手が勤勉に働いて返すこと」を前提にし、融資をしていました。 これは、今までの、ただ資金を援助しておしまいという融資と区別されます。 人間を、貧困の中で受動的に生きる存在とみなすのではなく、与えられた状況の中で必死に生きようとしている自立した存在とみなしている点において区別されるのです。
  
 尊徳の改革精神も、まさにここにありました。 以前に書いた記事を読んでいただければわかるように、「荒地は、荒地自身の持つ資力によって開発されなければならず、貧困は自力で立ち直らせなければならない。」と語った尊徳は、すべての改革において、人々の間で独立心を育てることを主眼の一つとしています。

 
 5.インプリケーション

 感じることは第一に、改革における自立心の重要性です。
 僕はこのブログで何回も書いてきたことですが、やっぱり、改革において一番重要なのは、改革を実際に行う人々の間で自立心が生まれ、皆が自発的にその改革に着手することにあるのですよね。 たった一人のリーダーやコンサルタントが考えるような改革案より、現場の人間皆が自発的に事に当たることから生まれる改革案のほうが当を得ている場合が多いし、何より、人々は自分たちが立てた計画に最も重きをおき、コミットするものなのですから。


 次に、制度の原理について。
 制度というのは、時代とともに変わりゆくもので、永遠に最善のものなんてあるわけがない。 尊徳の時代の日本や、現代の途上国において最善の手段は、未来の先進国において最善である場合は多くないのです。
 制度というのはしょせん器なのです。 その器に入れるものと、その器を作る根本的な目的を常に忘れないでいたいものですよね。


 最後に、自分の将来の理想との兼ね合いにおいて。
 僕が将来やりたい投資事業は、まさに、この五常講に似たものなんですよね。 お金の流れを通じて、人々の労働の仕方に変化をもたらすことによって、世の中をより良いものにしようという投資。 尊徳の事業における成功に僕はとても勇気づけられています。 彼くらいの至誠と機智と勤勉があれば成功するのでしょう。 がんばります!
 
Comment
≪この記事へのコメント≫
がんばれ
あなたが考えている社会づくりは、ファンド資本主義が終わった後の次の時代の思想だ。私は、8年前二宮尊徳と社会造りについて、日本が誇るべき世界に発信しなければいけない文化思想だと著作に書いたが、マイクロファンドで少し気がつき始めたのかな。まだ、そのことについて理解は進んでいないのだが。しかし、現代風に進化させないとはいけない。「道徳なき経済は悪であり、経済なき道徳は寝言である(二宮尊徳)。」
2008/08/15(金) 19:18:22 | URL | 藤井克昭 #-[ 編集]
藤井さん

はじめまして。コメントありがとうございます。
ちなみに僕も二宮尊徳のことは記事に書いています。 
http://stjofonekorea.blog6.fc2.com/blog-entry-593.html

マイクロファイナンスの知恵をいろんな所に生かせるように頑張っていきたいと思っています。

2008/08/16(土) 22:14:41 | URL | Taejun #-[ 編集]
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