Taejunomics

            政治、経済、社会、哲学、芸術、文学、スポーツ、マイクロファイナンス、教育などなど、徒然なるままに書き綴ります。 ※お初の方はカテゴリー欄の「Taejunomicsについて」、をご覧ください。
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アンシステマティックリスクを下げるための報道。
 依然として、福知山線の列車事故についての報道が続いている。 遺族の無念たるや、形容しがたいものに違いない。

 しかし、今回の事故に関する報道、あまりにもかたよってはいないかと思うのである。 
 もちろん、JR西日本の日勤教育の現状、JR西日本の社員たちが事故直後に平然と宴会を行っていたことなどは、大きな問題である。 慣習や行動そのもののみならず、これを惹起した企業文化が事件の大きな要因となっている可能性は大いにある。 しかし、現在の報道は、これ一辺倒でありはしないか。 

 この類の事件に関する報道は、大きく二つの目的を持つべきと思う。
 一つは、事実に関して、知りうる限りを知らせること。 被害や、現場の状況、発生の要因となったとおもわれる事実について、報道する。 
 次に、これが再発しないための方法について報じること。
 リスクには、2種類がある。 不可避的に生じるシステマティックリスクと、回避しうるアンシステマティックリスクである。 アンシステマティックリスクは、可能な限り下げることができる。 
 
 これから生きていく人々のためにより重要であるのは後者、つまり、アンシステマティックリスクを可能な限り下げるための報道と思うのだが、これについて、現在の報道は、とても弱いと思うのである。 

 たとえば、中越地震が起きた際の、上越新幹線の高架橋線上での脱線をあげることができる。
 マグニチュード6を超える直下型の地震を受けたにもかかわらず、上越新幹線は脱線をしたのみで、一人の人的被害をも出さなかった。  
 なぜか。 それは、JR東日本が、アンシステマティックリスクの低下に尽力していたからである。 もともと、物理的に、高架橋とその他の接続部分において、脱線の危険が一番高いのだという。 JR東日本は、阪神淡路大震災で高架橋の多くが破損したことから構造基準を見直し、高架橋の改修工事に着手した。 さらに、2003年の宮城県沖の地震の際に、改修を行っていた高架橋は破損していなかったのに対し、改修を行っていなかった場所は30ヶ所が破損していたことを鑑み、新たに、18,000本の高架橋脚の改修を開始した。 そのうち、8000本までは、中越地震時までに補修していて、震災時に新幹線が通りかかったのは、このうちの20本の高架橋脚だったのだという。 
 
 このような地道なアンシステマティックリスクの削減のための努力の成果が、脱線にもかかわらず死者が出なかった大きな理由だったのである。(当然、人通りのない地域での脱線などの理由もあるが)
 しかし、この時、マスコミは一挙「新幹線の安全神話の崩壊」を滔々とぶち上げ、この地道な努力についてはほとんど言及をしなかった。 結論ありきの報道で、この先の被害の縮小につながるアンシステマティックリスク削減のための努力について、考慮が足りなかったと思う。
 
 報道の性質について、議論があるかもしれない。 しかし、報道は、生きている人々のためにあるというのは、自明の理であると思う。 さらに、今回のような大きな事件の際は多くの報道時間が割かれているはずである。 それなら、今後似たよう様な事例が起こらないためにはどうすればいいかについて、もう少し、時間を割いてもいいのではないか。 参考になる事例があるのなら、それについて報道するくらいの時間をとってもいいのではないか、と思うのである。 
 犀を振るのは神である。 しかし、いつか来る天命のために人事を尽くして備えるのが人間なのである。 
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