Taejunomics

            政治、経済、社会、哲学、芸術、文学、スポーツ、マイクロファイナンス、教育などなど、徒然なるままに書き綴ります。 ※お初の方はカテゴリー欄の「Taejunomicsについて」、をご覧ください。
スポンサーサイト
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
--/--/--(--) --:--:-- | スポンサー広告 | Trackback(-) | Comment(-)
人ノート12:李世民。
 一週間以上前のエントリーで、自己中心的な思考様式の問題点について書き、その解決策をうだうだと考えていたのですが、ひとりで考えるより、先人の生涯を見たほうがはるかに良いことに気づき、久々の人ノートです。

 草創と守文のどちらが難しいか、すなわち、物事を創造することとそれを維持発展させていくことのどちらが難しいか、意見が分かれるところです。 僕が思うに、これは比較不可能なものなのでしょう。 守文において、中国の歴史上最高の業績を残したとされている名君、太宗皇帝(李世民)について、書いてみようと思います。

0.略歴
1.人々に対する思いやり
2.自分を知り、自戒を忘れない
3.良い仲間を周りに置く
4.客観的な行動基準を設ける
5.結びに


 

 0.略歴

 李世民は、唐の第2代皇帝です。 父の死後起こった内紛を鎮め、彼は皇帝となりました。 彼は、数名の部下たちとともに、内政において素晴らしい業績を残し、その時代は、貞観の治と呼ばれることとなりました。 
 彼の臣下たちとのやり取りを記したものが、貞観政要です。 ソースがほとんどないので、この人ノートの多くは貞観政要によっています。 これを読んでいると、人が道を誤らないためにするべきことはなにかについて、重要な示唆があることに気付かされます。 ここでは、いつものように僕が感じた点についてまとめることにします。



 1.人々に対する思いやり

 「君たるの道は、必ず須く先ず百姓に存すべし。 もし百姓を損じてその身に奉せば、脛を割きて以て腹に喰らわすが如し。」と、李世民は説きました。

 以前紹介した上杉鷹山も同じことを話していて、その時に僕はそれが当時の江戸時代を考えればものすごく先進的だったと書きました。 李世民は、それよりも1,000年前の時代の人です。 1,000年たっても、変わっていないのですね。 リーダーとなる人は、人々に対する思いやりを常に持ち続け、その行動がその気持ちに裏付けられていなければいけないということは、相当な程度において真理なのだと思います。 そして、歴史を振り返ってみてわかることは、長く続く事業や業績というものは、必ずと言っていいほど、この人々に対する愛に裏付けられているということです。 

 では、人々に対する思いやりに基づいた行いが普遍的な業績となる場合が多いのでしょう。 ぱっと考えただけでも、三つが思い当たります:
 ・人を思いやるということは他者に対する尊重につながり、それは他者の意見について傾聴することにつながる。 そういった人は、道を誤りにくいし、何らかの真理に至る可能性が高くなる。 
 ・そういうマインドを持つ人は、何らかの強い義務感に衝き動かされることになり、それが困難に克つ原動力となる。
 ・人々は、受けた思いやりは快く受け入れるので、人々に対する愛に基づく行為は、後々まで語り継がれやすい。




 2.自分を知り、自戒を忘れない

 次に、李世民は、驚くほどに自分を客観視できていた人だったのだと思います。 「権力は腐敗する。絶対的権力は絶対に腐敗する。」と話したのはアクトンですが、李世民は、権力の魔力に取り憑かれやすい人間の弱さをよく知っていました。 中国の皇帝といえば、同時代で最高の権力者の一人なわけで、その気になれば、放漫生活を行うことだって可能なわけです、そして事実、歴史上の皇帝たちの多くはそうでした。 ですが、李世民は、用心深くそれらを避けました。 その動機の根本が、人々に対する愛だったと僕としては考えたいのですが、なんとも言えません。

 権力の魔力を知っていた李世民が、自戒のために行っていた行動規範は、次のようなことだったみたいです:
 ・諫言は喜んで受け入れ、それを言う人を尊重した
 ・多くの人々の意見を聞くよう努め、特定の人間を盲目的に信頼しなかった
 ・質素な生活を心がけた



 ・諫言は喜んで受け入れ、それを言う人を尊重した

 とにかく、自分の政策について批判をしてくれる人に対して彼は感謝を持って対応しました。 また、そういった人を取り立てて、諌議大夫として身の周りに置きました。 これを実際にやって示したため、人々は安心して自分の思うところを話すことができたそうです。
 
 李世民が最も尊重した部下の一人は、魏徴という人でした。 魏徴は、李世民の政敵の懐刀で、彼を殺そうとした人間でした。 ですが、李世民は、魏徴がかつての自分の主君に対して最後まで忠義を貫き通したことを知り、彼を信頼し、諌議大夫に任命したのです。 魏徴は、前の彼の主君にしたのと同じ通り、李世民に対し直言をし続けたそうです。 それらを、李世民はすべてありがたく受け止めました。
 ちなみに、中国の歴史では、こういう事が多いんですよね。 春秋時代、斉の国が覇権をとることに大いに貢献した名宰相である菅仲は、もとその君主の政敵の臣下でした。 自分に敵対する人間であっても、その根本的な行動原理を見て、その人を重んじるかどうかを決めていたのですね。
 
 また、人間だれでも、批判を受けるとムッとするものです。 しかし、李世民は、魏徴から勧められた独特の方法で、それを抑えていたそうです。 それは、こういうことでした:批判をするときには、人は様々な理由から激越になるものだ。 なので、その激しい言葉にいちいち感じ入るのではなく、その言うことの内容が正しいか誤っているか、実行可能か否か、という観点からものを聞くべきだ。
 
 
 ・特定の人間を盲目的に信頼せず、多くの人々の意見を聞くよう努めた

 特定の人間の諌めを聞くだけでは、まだ自分の考えを客観的で正しいものにすることは難しい。 だからこそ、彼は、ひとつの問題について、できるだけ多くの人から話を聞くように努めました。  それと、昔からの功績ある忠臣であっても、それを無批判に信じるということは行いませんでした。
 

 ・質素な生活を心がけた

 と僕は、中国皇帝の質素がどの程度の質素だったのかはわかりませんが、当時のレベルで言うと相当に質素だったようです。 彼の生活の水準を見て、臣下たちは自らのそれを改めたそうです。 時に、それが緩み贅沢をしそうになったこともあったのですが、その時には、周りの臣下たちが彼を諌めたおかげで、李世民はすぐに我にかえったそうです。

 個人的にも同感なのですが、質素な生活をすることの利点は:
 -自分の富に対して心を煩わせることが少ない分、ほかの事により意識を集中できる
 -その欲望に付け込んで取り入ってくる人々を遠ざけることができる

 あたりなのでしょうか。



3.良い仲間を周りに置く

  李世民とその臣下たちの行った人材登用法にはかなりの含蓄が込められていると僕は感じます。 以下のことをもって、その人を登用するか否かを判断したそうです:
 ①その人の人材登用・抜擢の仕方
 ②富んでいるのなら、その財の使い方と与え方
 ③卑賎で困窮しているのなら、そんな時でも何をしないか
 ④暇な時には何をしているか
 ⑤学んでいるのならば、どういった意見を話すのか

 縁故の人間を重んじることを避け、また功労者といえども、それによって重用するということはありませんでした。

 そうやって、周りに六正(良い臣下)を置くようにこころがけ、六邪(悪い臣下)を遠ざけるように心がけたそうです。 六正とは、次のようなことをできる家臣のことです:
 ・事前から存亡を見抜き、それを未然に防ぐ
 ・とらわれのない心で善を知り、礼儀を主に勧める
 ・精励し、賢人の登用を進め、主を励ます
 ・将来を正確に予想し、禍を転じて福とする
 ・節度をわきまえ、理を遵守し、節倹につとめる
 ・国が乱れたときには、諂(へつら)わずに直言する

 六邪は逆の人々で:
 ・まじめでなく、世俗に無批判で順応する
 ・阿諛追従する
 ・自分の陰険をかくし、主の意思決定を妨げる
 ・知識があるため、黒を白としてしまい、人々の間にはもめごとをつくる
 ・権力を好み、派閥をつくる
 ・主を不義に陥れ、目をくらませる
 
 これが周りにいることは、存亡の兆しだと考えられました。 事実、中国の歴史において、国が疲弊し、民衆が塗炭の苦しみに陥るときには、朝廷内にはこういった臣下たちが跋扈していたのでした。 会社にも政治にも同じことがいえそうですね。
  
 

4.客観的な行動基準を設ける

 李世民はこれらすべての心構えを、魏徴の勧めにより二種類の事柄にまとめました。 それが、九徳と十思です。 (僕の理解なので、正確を追求する方は文献を当たってください)


 九徳 
 ・寛大でいてしまりがあること
 ・まじめで恭しいこと
 ・礼を知り慎み深いこと
 ・物静かながら芯が強いこと
 ・率直ながら温和なこと
 ・大まかだが要点を押さえていること
 ・剛健で内的にも充実していること
 ・力強く義の心を持つこと
 
 十思
 ・欲しくなったら、足ることを知る
 ・大事業をする前に、民の安楽を思う
 ・野心的なことを思うときには、謙虚に自制する
 ・満ちあふれたくなったら、海は何よりも低い場所にあることを思う
 ・遊ぶときには限度をわきまえる
 ・怠惰になりそうであれば、はじめを慎重にし、終わりを慎む
 ・自分の目と耳がふさがれていないか心配になら、虚心に部下の声に耳を傾ける
 ・中傷や讒言を恐れるのなら、自ら身を正してそういうことが身の周りに来ないようにする
 ・恩恵を与えるときには、喜びにより過度にならないようにする
 ・罰を与えるときには、怒りによりそれが重すぎにならないようにする

 
 僕も、自分の弱点にかかるチェックポイントをこのようにして設けておくことの必要を感じます。 どんな向上心のある人であっても、三つ子の魂は百までで、なかなか自分の弱点を克服することは難しいのですよね。 だからこそ、客観的な基準を設けておいて、それに自らを引き比べて省察を行うことは、とても重要なのだと思います。 特に、集団のトップに立つ人であれば、時によっては、誰からも批判を受けずに済んでしまう場合が少なくないので、そのようなときほど、客観的な省察基準を設けておくことがとても重要だと感じます。

 


 5.結びに   
 
 読んでいて、「これでもかっ」という感じがしますよね。 それほど、李世民(とその臣下達)の自己管理に関する心掛けは徹底していました。 中国の皇帝というほどの権力者であっても、これだけの心構えと仕組みを作っておけば、腐敗しないのだということを、李世民はその生涯をもって示してくれたと思います。 
 
 彼が行った様々な自制の行いの基本は、三つだけなのだと僕は思います:
 ・人々を愛すること
 ・良い仲間を探すこと
 ・絶え間ない自己省察と訓練
 
 言うは易し行うは難しで、彼の生涯は、毎日が、自分との闘いだったのだと思います。 自分を変える、また初心を変えずにいる事というのは、誰の目にもつかないことで、誰も自分の心の中を見ることができない。 この、自分の考えは自分にしかわからない、ということが、自己省察と自己の精神の訓練の難しさの根本的な原因なのだと思います。 自分に打ち克つ真の勇気というのは、目撃者が誰もいない時、暗い静寂の中で試され、培われるものなのですよね。
 
 西郷隆盛や二宮尊徳、ガンジーその他多くの人ノートからわかるように、大事業を行った人々は、徹底して、自分を厳しく律しています。 李世民は、僕がこれまで取り上げてきた人々の中でも、自分を律することが一番難しい地位にいました。 そのような地位にいながら腐敗することなく、その政治を続けることができた彼の生涯から、僕たちはとても貴重なことを学べる気がします。

 最後に李世民、太宗皇帝が、死の前に話したことを紹介して、この人ノートを終えようと思います。

TangTaizong.jpg


 「人の身の立つる、貴ぶ所のものは、ただ徳行にあり、何ぞ必ずしも栄貴を論ずるを要せん。」 


Comment
≪この記事へのコメント≫
コメントを投稿する
URL:
Comment:
Pass:
Secret: 管理者にだけ表示を許可する
 
Trackback
この記事のトラックバックURL
≪この記事へのトラックバック≫
Designed by aykm.
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。