Taejunomics

            政治、経済、社会、哲学、芸術、文学、スポーツ、マイクロファイナンス、教育などなど、徒然なるままに書き綴ります。 ※お初の方はカテゴリー欄の「Taejunomicsについて」、をご覧ください。
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マザーテレサの苦悩。
 TIMEを読んでいたら、マザーテレサの記事が。

 彼女が、実は長い間、神の存在について疑いを持っていたことを示すと思われる神父とのやりとりが記載されています。 (どの文脈でマザーテレサがこのようなことを話したのかを知る前には、結論を出すのは早計だと思いますが)
 
http://www.time.com/time/world/article/0,8599,1655415,00.html

 クリスチャンの方には衝撃が多かったのかもしれませんが、僕としては、これを通じて、マザーテレサの人間的魅力をより深く感じるようになりました。

 
 
 「苦しみと悩みは、偉大な自覚と深い心情の持主にとって、常に必然的なものである」と、ドストエフスキーは話しました。 

 人間、多かれ少なかれ、自らが属する社会集団の指導原理について考えることがあると思います。 特に、その指導原理がある程度の強制力を人々に対して持つ場合、その指導原理に対して深く考えるか否かは、その人間の偉大さに特に依存するのだと思います。

 
 指導原理には、いろいろなものがありますが、僕は、社会福祉的な考え方、キリスト教、仏教、社会主義その他色々な思想や指導原理らについて、その根本的なものの考え方に共感を多く持ちます。 人々の間に浸透した思想というのは、やはり、ある程度の妥当性というか、人々に対する愛を持っているのですよね。

 このように、僕は思想そのもに大まかな線で共感することがむしろ多いです。 ですが、その思想を信奉する人々となると、常に共感するわけでもありません。

 僕が受け入れにくいのは、苦悩しない人々。 それら思想について、無批判に受け入れ、それら思想の説くところを深い考察も経ずに吹聴してまわり、教義の美名の下に自らの私利私欲を満足させようとする。 そういう人々がいるから、思想が言われなき汚名をかぶることになるのだと思います。
 逆に、魅力を感じるのは、その思想について苦悩してきた人々。 自らが戴く指導原理の正しさについて思い悩み、深い考察を続けた人々とは、話していて共感することがとても多く、そういう人々は人間的魅力にあふれた人々であることが非常に多いです。


 貧しい人々に対して、あれだけの献身を示したマザーテレサが、その心の奥において、自分が従っている原理について疑問を持ち、問いかけ続けてきたということは、彼女の人間としての深さを何よりも如実に示してくれているのだと思います。 半世紀以上の苦悩。 普通の人であれば、諦めて信じる・信じないのどちらかに決め込んでしまったと思います。 しかし、彼女は、その間で、ずっと思い悩み続けた。 それは、自らの精神態度に対する、彼女のこの上ない誠実さを見せてくれているのだと感じます。

 ちょうど今日、マザーテレサの語録を読んでいたのですが、このTIMEの記事を読んだあとには、以下の文章が、一層の深みをもったものとして、僕には感じられるのでした:

 
 数か月前、カルカッタを回り路上にいた5,6の人々を連れてきた時の事です。 皆、深刻な状態にありました。 

 ・・・

 その中には、特に深刻な状態にあった小さな老いた女性がいて、死期が近いように思われました。 私はシスターたちに、「ほかの人々を見てください。 私は彼女を見ます」と伝えました。
 私が彼女をベッドに上げようとしていた時、彼女は、私の手を取り美しい笑みを浮かべました。 彼女はただ、「ありがとう」とだけ話し、そしてこと切れました。
 間違いなく、彼女は私が彼女にしてあげたより、より多くのものを私にくれました。 彼女はこの上ない愛を私に示してくれたのです。 彼女の顔を見つめながら、私は自問自答しました。 『私が彼女だったらどうしたろう?』
 そして、私は自分自身に正直にこう答えるのでした、『私は、自分に人々の関心をひきつけるために、出来る限りのことをしただろう。 「お腹が空いた! 死ぬほど喉が渇く! 死んでしまう!」 と叫んでいただろう。』と。

 
  
 
Comment
≪この記事へのコメント≫
悲しむべきことは、苦悩する人々が時として異端・背教者扱いされてしまうことでしょう。

私自身は、「神仏を尊びて神仏に頼らず」「鬼神は敬してこれを遠ざける」「神は天にあり、世は全てこともなし」「天は無慈悲なり」「天道、是か非か」
といった言葉に共感します。モーゼ・キリスト・ジャンヌダルクの最後を思うと…
2007/09/06(木) 02:31:39 | URL | 三浦介 #OGPSQbQg[ 編集]
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2007/09/07(金) 00:14:04 | | #[ 編集]
確かに、テレサさんは、生まれた時代に恵まれていたのかもしれませんね。 彼女が発起した使節団と同じような団体は、300年前には却下されていたそうです。

 
2007/09/07(金) 00:34:50 | URL | Taejun #-[ 編集]
僕は今の活動を3:7くらいで私利私欲の為にやっています。具体的には、溜飲を下げる為にです。現場経験や読書をする事で比率を下げる努力はしているのですが、0:10にする光は見えていませんし、光とは仰るとうり考え続ける事なのかもしれません。

僕の場合、それに加えて自己顕示欲も直ぐとなりに息を潜めているので未熟者もいいところです。という思想的なというか、哲学的な事も大事だと思いますが、今の自分にはさっさと行動しろという言葉が合う気もしています。

なので、ついさっき宗教系の児童養護施設へのボランティアを決めてきました。実態調査もかねて勉強してきます。財務諸表をみる限りでは、助成金のわりに子供の定員が少ないのが疑問なので(ここだけかも知れませんが)、それも含めてもろもろ設立に向けての経験を積みたいと思います。

投げっぱなしの施設にするのではなく、いつでも帰れる場所として存在するところにしたいと思います。

最近、勝手なコメントばかりでごめんなさい。陰ながら応援していますので、いろいろと頑張ってください。こちらこそ、よろしくお願いします!


2009/10/15(木) 15:15:18 | URL | you #-[ 編集]
youさん

返事遅れてすみません。
おっしゃる通り、バランスって難しいですよね。 

行動すると、いろんなことが新しく見えてきて良いですよ。
また何かあったら教えてください!
2009/10/21(水) 01:45:14 | URL | Taejun #-[ 編集]
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