Taejunomics

            政治、経済、社会、哲学、芸術、文学、スポーツ、マイクロファイナンス、教育などなど、徒然なるままに書き綴ります。 ※お初の方はカテゴリー欄の「Taejunomicsについて」、をご覧ください。
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心の地動説。
 前野隆司という学者が、受動意識仮説なるものを提唱している。 言い方は難しいが、考え方はさほど難しくない。 いうなれば、「心の地動説」である。

 今まで、自分の問題については、天動説的な考え方をされていた。 自分の意識がすべてを支配していて(心の天動説)、感情、知的活動、運動はすべて意識により統制されていると考えられている。
 
 しかし、氏は、これをおかしいとする。 なぜなら、人の身体の中の神経作用は、意識作用よりも先に起こっているからである。 意識がすべてを支配しているのなら、神経作用も意識作用に従い起こるはずであるのに、そうなっていない。

 そこで氏が提供したのが受動意識仮説(心の地動説)である。
 これによると、意識というものは、脳の中の自立的な計算の結果を受動的に受け入れている存在であるとされる。 意識は、脳が自律的に行った事柄を、自らが行ったかのように解釈するのである。 川にたとえると、意識は、さまざまな無意識の支流を持つ大きな川の下流にあるわけで、無意識の支流一つ一つの頂にあるわけではない。
 
 意識がこのような作用をするのは、人の記憶を助けるためであるとされている。

 なかなか、知的興奮を呼び覚ましてくれる議論ではある。
 
 しかし、疑問もある。 天動説を信じていた人が地動説を聞かされたときの不快感に共通するものも一部であるが、それだけではない。
 人が自らを変革しようとしているときの意識作用について、前野氏はどうやって説明するのだろうか。 意識が完全に受動的な立場であるのなら、そういったことはできないはずと思うのである。 はたまた、自己変革すら、脳の自律分散演算の結果に過ぎないのか。 はてはて。 メールしてみよう。
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