Taejunomics

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日本が世界に誇れると思う精神性―「弓と禅」。
 最近出ている日本賛美の本についてはよくわからない事が多いのですが、この本には、確かに、日本が世界に誇れる精神的な深さの伝統が書かれていると思いました。

 
弓と禅 改版弓と禅 改版
(1981/11)
オイゲン・ヘリゲル

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 最近、専門書以外のほとんどの本は一時間とかからずに読むのですが、これは、かなりの時間を割いてゆっくり読みました。 (ちなみに本書は、本文130ページ程度)。

 書かれている内容の概要はこういう事です。
 
 
 日本思想を研究していた著者は日本に滞在する間、禅の本質に迫ろうと、弓道の道場に入ります。
 この本では、彼の、弓道の神髄に至るまでの考察が書かれています。

 弓において、一番重要な事は、「自分が自分自身から離れていること」、なのだそうです。 と言ったらよくわからないかもしれませんが、これは、今風の言葉に言うと、自分を客観化して、自分の精神が様々な自己のわだかまりから解放されている状態のことを意味していると思います。 

 こういった精神の在り方こそが、空であり、禅なのですが、これへと至る道は、呼吸から始まります。 ここでの呼吸とは、僕たちがよく聞く腹式呼吸のこと。 精神は、呼吸をよりどころとして、自分のわだかまりを離れ、解放へと向かうようです。  解放された精神は、深い集中へと向かいます。 周りの雑音が何も聞こえなくなる、まるで自分の周りに薄い膜が張り巡らされているかのような状態になるわけです。 

 そのような状態に入ってこそ、自分が自分から離れ、素晴らしい射が打てるようになるのだそうです。


 僕が何でこれに感じ入ったかというと、まさに僕が求めていたもののひとつだからなのです。 どんな状況にも決して動じない不動の心と、自分のわだかまりから解放されて、迷いなき意思決定ができる精神のありようというのが、僕が求めているものだったわけです。

 心が平静であること、集中すること、自分を客観化してわだかまりを排すること、これらがある程度の関連性を持っている事については感覚的には理解していましたが、僕はいま一つ、その具体的な形をイメージできずにいました。 ですが、この本のおかげで、そのあるべき姿、目指すべき地点というのが、多少なりとも明確になった気がします。 紹介してくれたにょんちさんに感謝です。

 わだかまりのない心のありように近づくための技というのは、日本が世界に誇るべき財産で、世界遺産指定してもいいものだと思うのですが、いまいち現代では軽視されている気がします。

 技術は日進月歩、どんどん陳腐化します。
 しかし、過去を振り返ってみるとわかるとおり、精神はそんな簡単には陳腐化しないみたいです。
 だったら、陳腐化しないものを先に鍛えることが、より重要なのだと僕は思うんですよね。

 
 以下、特に印象深かった箇所の抜粋です。


 「息を吸いこんでから腹壁が適度に張るように、息を緩やかに圧し下げなさい。そこでしばらくの間息をぐっと止めるのです。それから出来るだけゆっくりと一様に息を吐きなさい。そして少し休んだ後、急に一息でまた空気を吸うのです―こうして呼気と吸気を続けて行ううちに、そのリズムは、次第にひとりでに決まってきます。これを正しく行っていくと、あなたは弓射が日一日と楽になるのを感じるでしょう。というのはこの呼吸法によって、あなたは単にあらゆる精神力の根源を見出すばかりでなく、さらにこの源泉が次第に豊富に流れだして、あなたが力を抜けば抜くほどますます容易にあなたの四肢に注がれるようになるからです。」

 「正しい射が正しい瞬間に起こらないのは、あなたがあなた自身から離れていないからです。」

 「まずもって感覚の門をとじよとの欲求は、精力を使って無理に感覚に背を向けることによってではなく、むしろ喜んで、抵抗なしにこれを回避しようとする心構えによって満たされる。しかしこの無作為の態度が本能的にうまく行われるためには、精神は一種の内面的な足場を必要とするがそれは精神を呼吸に集中することによって得られるのである。集中は意識的に、またまさに杓子定規と思われるほど良心的に遂行される。」

 「自然の中にはすでに、不可解ではあるがそれにもかかわらずあまりに現実的なので、我々がその他の仕方ではありえないかのようにに慣れてしまっている一致があるという事を忘れないでください。」

 「悪い射に腹を立ててはならないという事は、あなたはもうとっくにご存じのはずです。善い射に喜ばない事を付け足しなさい。快と不快との間を右往左往することからあなたは離脱せねばなりません。」

 「剣道の完成はたくあんに従えば次の点に在る。すなわち、我と汝、敵とその剣、自身の剣とその使い方についてのどんな思考も、生死に関する考えすらも、もはや心を煩わさない点に。」

 「初心者と同様に、剣の達人は恐れを知らない。しかし初心者と違って彼は、恐怖をもたらすものには一日一日と近寄れなくなる。長年にわたるたゆまぬ瞑想によって彼は、生と死とが根本において同一であり、同じ運命の地平に所属していることを体得したのである。そこで彼はもはや、生の不安や死の恐怖が何であるかを知らない。彼は喜んでこの世に生きる―そしてこのことは禅にとってとりわけ特徴的である―しかしいつでも、死についての思想によって迷わされることなしに、この世から別れる覚悟ができているのである。」

 
 
 
 
Comment
≪この記事へのコメント≫
弓といえば…扶余・高句麗の朱蒙が思い浮かびます。しかし…日本ならば那須与一の方が相応しいでしょうか。三国志なら夏侯淵に黄忠、西洋ならウィリアムテル?

心胆の差が彼我の勝敗を分ける時があるならば、弓矢の技はまさにそれを決定づける力があるように思います。
2008/02/28(木) 23:07:01 | URL | 三浦介 #-[ 編集]
そうですね、チュモンも弓の名手でしたね。 よくよく考えてみると、その術の性格から、高度に精神性なものなんですよね。
2008/03/01(土) 08:47:18 | URL | Taejun #-[ 編集]
読んでくれたんだね~。
本を紹介するっていう行為には
時として勇気が必要なんだけど、
「良い出会い」になるなぁという見込みが
ズレていなくて良かったわ☆^^
「空に融けきる」ていう境地は技術じゃないからね。
いい本あったら紹介してねー。
2008/03/02(日) 00:39:36 | URL | にょ #-[ 編集]
よい出会いをありがとう。
仕事で恵比寿に来たら連絡おくれー。

2008/03/03(月) 23:35:35 | URL | Taejun #-[ 編集]
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