Taejunomics

            政治、経済、社会、哲学、芸術、文学、スポーツ、マイクロファイナンス、教育などなど、徒然なるままに書き綴ります。 ※お初の方はカテゴリー欄の「Taejunomicsについて」、をご覧ください。
スポンサーサイト
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
--/--/--(--) --:--:-- | スポンサー広告 | Trackback(-) | Comment(-)
人ノート13:マザー・テレサ。
久しぶりの人ノート、今日はマザー・テレサです。

1.生涯
2.行動
3.思想
4.結び


1.生涯

テレサは、1910年にユーゴスラビアのキリスト教信者の家庭に生まれます。その後、教会に入りシスターとして育ちます。1928年、彼女はインドへ行く決心をし、修道女として派遣されます。1929年からはインドのキリスト教学校で教えることになります。

キリスト教の学校の中で、当時植民地支配者であったイギリス人の子供たちに勉強を教えるテレサは矛盾を感じることになります。なぜなら、学校の外には、学校の中と全く違う世界、貧困と病の中で倒れゆく人々たちの世界が広がっていたからです。1947年、インドが独立を果たしたとき、多くの難民がテレサのいたカルカッタに流れ込み、事態はより深刻なものとなっていました。

テレサは修道院外での活動(これは異例のことだったようです)をする事についての許可を、ローマ法王に申請しました。何度も何度も。そして、1948年に、ついにローマ法王からの許可が下り、修道院の外での活動を開始します。まずは、スラムで初めての学校を開き、そこで子供たちに勉強を教え始めました。

1950年、インドに帰化したテレサは、「神の愛の宣教者会」を設立します。その会の趣旨は、貧者のうち最も貧しい人々に仕えること。この会は、当時は認可されませんでしたが、その後1965年に認可されることになります。この会を設立した時に、テレサはシスター・テレサからマザー・テレサへとなりました。

神の愛の宣教者会を通じて、テレサは、いくつかの施設をインドに設立していきます。もっとも有名な「死を待つ人々の家」をはじめ、孤児のための「聖なる子供たちの家」、ハンセン病患者のための「平和の家」を設立し、そこにいる人々のために、人生を捧げました。それらの活動が認められ、1979年、テレサはノーベル平和賞を受賞しました。


2.行動

テレサは多くの施設を作りました。それらはすべて、貧者、病人、孤児といった、世の中から打ち捨てられようとしていた人々たちのためのものでした。

中でも一番多く語られているのは、彼女が1952年に設立した「死を待つ人々の家」です。テレサは、インド神話の女神であるカーリー(血と酒と殺戮の女神だそうです)寺院の一角にあった、使われていない休憩所を間借りして、「死を待つ人々の家」としました。他によい場所がなかったからです。

テレサがそこでしたことは、一つでした。道端で打ち捨てられた、病と飢えにより死にゆく人々を引き取る。その人の名前と年齢と宗教を聞き、それに合う人が看病をし、死を看取ったのです。たったそれだけ。死を看取るにあたって宣教もしませんでした。なぜ、テレサはそんなことをしたのでしょうか。テレサの言葉を聞けばわかるかもしれません。


House for dying

「まず何よりも、いらない人々ではないと感じ取ってほしいのです。この人たちを大事に思っている、この人たちにいてほしがっている人がいるのだと知ってもらいたいのです。この人たちも神の子であって、忘れられてはいない、大事に思って世話をしてくれる人がまだいて、仕えたいと自分たちを捧げる人たちのいることを知ってもらいたいのです。」

これが彼女の趣旨だったのでしょう。だからこそ、「死を待つ人々の家」では、生存の望みが薄い人々に対しても、点滴を打つことをやめませんでした。ある日、医療の知識のある人が、その点滴は無駄だと、あるシスターに話しました。その時シスターは、こう言い返したそうです。

「この方は、路上で誰からも顧みられることなく、こんなひどい状態になりました。最後まで諦めず、自分を回復させようと治療している人がいることを、この点滴を通して伝えたいのです。たとえこのまま意識が戻らずに亡くなっても、見捨てられた死ではなかったことをこの人に感じてほしいのです。この点滴は、患者の心のためにしているのです。」

確かに、「無駄な」点滴を打たなければ、より多くの人々が救われたのかもしれません。僕には何も言うことはできないのですが、僕は自分が死にゆく者の立場であったら、最後まで懸命に看取ってもらいたいと思います。このエピソードを聞いて感動する人は少なくないと思います。それは、人間は他者からの尊重されることを望んでいることの証左なのかもしれません。

インド神話の神様の寺院に、キリスト教者の施設があったのですから、当然ながら、「死を待つ人々の家」に対する反対者は少なくありませんでした。しかし、その反対者たちも、施設の中に入り、その凄絶な様子を見ると、反対をすることができなくなってしまったそうです。ある反対者のリーダーは、「マザー・テレサをあそこから追い出すことはできる。ただし、皆がマザーと同じことをしてくれるという条件付きだ。」と言って、反対をやめてしまいました。

もちろん、「死を待つ人々の家」とは名前をつけていても、そこでまず行っているのは治療でした。55年以降になると、収容される人のうち、生き残る人のほうが多くなったそうです。

その他にも、「聖なる子供の家」では死にそうな孤児たちを預かり、治療し、養親を世界中から募るという事を行いました。また、当時社会から隔離され、疎まれていたハンセン病患者のために、「平和の家」をつくり、患者をひきとりました。どんな時でも、もっとも貧しい人々と同じものを着て、彼・彼女らを神の子と呼び尊重しました。



3.思想

・貧困について
テレサにとって、貧困とは何よりも心の貧困でした。誰からも愛されないとき、人の心は飢え渇きます。だから彼女は、飢え死ぬことのない先進国において貧困の問題は時に深刻であると考えていました。このことに僕は大いに共感します。


・他者の尊重
テレサは、全ての人、特に苦しめられている人々を、キリストと思って接していたそうです。だからこそ、彼女はどんな人に対しても分け隔てなく接しました。誰とあいさつするときでも、相手によって態度を変えることは決してしませんでした。


・信仰
テレサが行ってきたことは、全て彼女の信仰の成果であると、多くの人々が話してきました。しかし、最近TIMEなどで指摘されたように、テレサは常に信仰の危機を持っていたのかもしれません。「自分の心の闇が深すぎて、自分には神が見えない」と、彼女は嘆いていたそうです。
http://www.time.com/time/world/article/0,8599,1655415,00.html

僕は、この信仰の危機こそ彼女の人間性の素晴らしさをより普遍的なものにしてくれていると感じています。

まず、この事は、彼女の信仰に対する真摯さを示してくれていると思います。決して盲信することなく、真理と向き合おうと努力したからこそこのような苦悩をしたのでしょう。そういう思考を常にしていたからなのでしょうか、テレサは、人々が自発的にキリスト教に改宗することを喜びましたが、他人をキリスト教に引き込もうとはしませんでした。「私は宗教をどんな人にも押しつけることはできません。」と言って。

次に、この信仰の危機は、彼女の弱者への愛をより普遍な価値へと押し上げたと僕は思います。信仰が無くても(テレサの本心を僕は知らないので、これはあくまで仮定文です)、人は偉業を成し遂げることができるのですね、隣人に対する愛さえあれば。それと、数多くの批判をありがたく受け止めながらも、決して自らの信念を曲げなかったのも、その強い信仰によってではなく、弱者に対する愛によってだったのかもしれません。

前にも書いた気がしますが、僕は、人はその従う主義思想や信仰によって偉大なのではないと考えます。そうではなく、その行いと、それをせしめる心持と、それを困難に打ち勝ちながら成し遂げる精神によって偉大なのだと思います。これまで数十人の人ノートを書きながら僕が感じたのはそういうことでした。僕が尊敬する人々は、共産主義者になっても、自由主義者になっても、宗教家になっても、侍になっても、同じように素晴らしい仕事をしたと思います。

だからこそ、まずするべきは、自分の人として足りない部分と真摯に向き合って、それらをどのように克服するかにあるのだと思います。それが出来てから、もしくは、それと同時に他の事をするべきなのでしょう。マザー・テレサは、静かな早朝に、毎日瞑想の時間を設けていました。たぶん、この時、彼女は自分の弱さに向き合い、それと闘っていたのではないでしょうか。人間、決して強いものではないので、自己の精神を強靭なものとするためには、毎日自分を振り返ることが非常に大切なのだと思います。



4.結び

1997年に帰らぬ人となったテレサは、国葬により弔われました。外国から来たクリスチャンにもかかわらず、テレサは、インド人が選んだ「最も偉大なインド人」一位に選ばれました(国父であるガンジーはこの投票から除外されています)。これは、人の偉大さとは何なのかについての一つの示唆なのだと思います。

今も世界中には飢えている人がいます。物質的のみならず、精神的にも。僕は将来、自分の仕事を通じて、物質的な貧困のみならず、人々が精神的に貧困から解放される世の中をつくりたいので、テレサの行動からは本当に多を学びました。彼女の行いを読んだ時の感動を、ずっと忘れずにいたいと心から強く思います。

それでは、最後に、孤児を引き取っていた「聖なる子供たちの家」の壁に描かれている言葉を引用して、マザー・テレサの人ノートを終えたいと思います。


Teresa.jpg


それでも

人々は、理性を失い、非論理的で、自己中心的です。
それでも、彼らを愛しなさい。

もしいいことをすれば、人々は自分勝手だとか何か隠された同機があるはずだと非難します。
それでも、いい行いをしなさい。

もしあなたが成功すれば、不実な友と本当の敵を得てしまうでしょう。
それでも、成功しなさい。

あなたがしたいい行いは、明日には忘れられます。
それでも、いい行いをしなさい。

誠実さと親しみやすさはあなたを容易に傷つけます。
それでも、誠実で親しみやすくありなさい。

あなたが歳月を費やした建物が一晩で壊されてしまうかもしれません。
それでも、建てなさい。

本当に助けが必要な人々ですが、彼らを助けたら彼らに襲われてしまうかもしれません。
それでも、彼らを助けなさい。

持っている一番いいものをあげると、自分はひどい目にあうかもしれません。
それでも、いちばんいいものを分け与えなさい。



Comment
≪この記事へのコメント≫
最後のマザーテレサ言葉には「本物」を感じます。
僕も将来「貧困解放」に対して少しでも貢献し、ひとつでも笑顔と幸せを生むような働きをしたいと思ってます。
あとは、教育事業もやっていきたいと思ってます。
ソンベのブログは非常に刺激になるので、これからも楽しく読ませてもらいます^^
2008/03/31(月) 13:01:44 | URL | りゃんご #-[ 編集]
こういう人もいるんだな…っていう感想で終わったら、マザーテレサはきっとあの世でがっかりするんだろうな。

この人の一億分の一でもいいから、自分を変えてみたい。

何気に初拍手(´・ω・ノ)ノ゙
2008/03/31(月) 21:48:53 | URL | 唐紙 #-[ 編集]
りゃんご、うん、今後ともどうぞよろしくお願いします。
いつかランチしましょう。

唐紙、初拍手ありがとう!
なんか、ナ組で、六本木ヒルズ美術館に行くツアーが組まれるらしいよ。
2008/04/02(水) 01:53:16 | URL | Taejun #-[ 編集]
コメントを投稿する
URL:
Comment:
Pass:
Secret: 管理者にだけ表示を許可する
 
Trackback
この記事のトラックバックURL
≪この記事へのトラックバック≫
Designed by aykm.
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。