Taejunomics

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ツァラトストラ。
齋藤孝さんがお勧めしていたツァラトストラ。大学生のころから読もうと思っていたものの、ついつい読まずじまいだった本です。 「善悪の彼岸」とかは読んでいたのですけれどね。

で、三日前にアマゾンで購入して、一昨日届いて、今日読み切りました。

ツァラトストラのお陰で、だいぶその時にニーチェが説かんとしていた事の意味がわかった気がします。 といっても、僕が完全に読み切った自信はないので、ニーチェ専門家の方がいらしたらご指摘くださると幸いです。

ツァラトゥストラはこう言った 上 岩波文庫 青 639-2ツァラトゥストラはこう言った 上 岩波文庫 青 639-2
(1967/01)
ニーチェ

 (上下二巻です)

ニーチェは、人を衝き動かしてきた意志というのは、力への意志だったと説きます。 すなわち、自らを権威あるものとして、他人を屈服される力を持とうとする意志です。 この意志を元に、人々は権威を形作り、それは、善悪の基準付けを行ってきました。

しかし、この意志を持つ人間は弱い存在でした。 だから、同情、隣人愛を自らを権威あるものとするための道具としました。 その産物が国家であり、キリスト教であり、神であったとニーチェは喝破します。 このような弱い人間というのは、動物と超人の間にかけられた橋のような、過渡的な存在であり、乗り越えられないといけない存在なのであると、ニーチェは考えました。

人間がこれまでの弱い人間を乗り越えるとき、神とその愛、同情により作られていた世界観は終わりを告げます。 ニーチェはこれを、「神は死んだ」と表現します。 神の死んだ世界で生きていくのは、人間を乗り越えた超人です。 この超人は、意志、自由、創造力、孤独、自分自身への愛といった特質を備えた人間です。 同情されなくても、他人に思いやられなくても、生きていける存在。


キリスト教的な世界観をもっていた時、人々は、自らの人生の終焉を、審判の日とそれ以降の天上での生活に落ち着ける事が出来ました。 しかし、それら世界観が崩れたとき、大きな精神的危機が襲いかかってくることになります。 ニーチェは新たにとって変わられる世界観は永劫回帰とよばれるものだと考えました。 これは、生がまるで何回も同じ場面を繰り返していると考える世界観です。 

事実、この永劫回帰の世界観に陥ることは、現代における無宗教で「自分主義」の人々にとって深刻な問題なのではないかと僕は思います。 信じるものは無い、生はただ進むことのないルーティンでしかない、となれば、人生が虚無に思えてきます。 

このような、神から脱却したのちにも虚無に陥らないための方法としてニーチェが主張した事は、自らと自らの人生を愛することでした。 もし自分の生が永遠の円環の輪の中で逃れられないものなのだとしたら、その人生を受け入れるためには、この永遠の円環である人生を愛さねばなりません。 他人への愛は、その自分への愛の中にこそ存在するべきものなのだとニーチェは考えたようです。 そして、本書の中では、その自分を愛することから得られる喜びがうたわれています。


本書その他を読む限りでは、「人間は乗り越えられなければならない」というのは、ニーチェの価値判断であり、論理的な帰結ではなかったように思われます。 でも、本当に乗り越えられないといけないのでしょうか。 人間の持つ弱さを抱いて、お互い弱さを援け合いながら生きることは、それはそれで素晴らしい人生なのだと僕は思います。 (ごめんなさい、でもこれはこれで僕の価値判断です)

ニーチェが、吐き気を催すような奴隷道徳と批判しようと、人間の弱さというのはそんなに簡単に変わるものではないので、今は、自らを超克することを考えつつも、周りの人と援けあって生きていくことこそが一番なのだと思います。 もっとも、1000年後には、分かりませんが。


久しぶりに古典を読みましたが、やっぱりいいですね。
生きるという事に対して、この上なく真摯で真剣に考えた人々の、熱い思いが伝わってきます。


Comment
≪この記事へのコメント≫
僕も最近、古典を読もうと思っています。
大学時代、あまりにも古典を読まなすぎたので…。
先輩なりの、「古典を読む上でのコツ」や、「注意点」みたいなのがあったら、教えてください。
2008/05/29(木) 22:51:41 | URL | ちゅん #-[ 編集]
アレを一気に…めまいがします。他の哲学の本はからきしですが、「ツァラトゥストラはかく語りき」(三浦が読んだのはそういう訳タイトルでした)はなかなか面白いと思いました。

結局、ゾロアスター教と関係あるのかないのか…
2008/05/30(金) 02:45:39 | URL | 三浦介 #-[ 編集]
ちゅん、
コツかあ。 現代の本のようにわかりやすさを追求しているわけではないので、本当に著者が話そうとしていることをしっかりと追いかける努力は特に大切だと思います。
それと、何かと読みにくいので、読むときは一気に。


三浦介さん
お久しぶりです。 一気に読まないと、かえってめまいがしそうなので、一気に読みました。 ツァラトストラは特に、オペラみたいなセリフがずっと続くので、早目にやっつけないと途中でまいっちゃうのですよね。
確か、新潮かどこかの文庫だと、「かく語りき」なんですよね。

2008/05/31(土) 01:00:44 | URL | Taejun #-[ 編集]
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